チャリの旅記録
第14回 山陰の小京都を走る <出雲〜北九州>
湖陵のまちをでた後も、ひたすら国道9号線を走った。風もこの日は穏やかで、いつもの走行ペースに戻っていた。
この日は、特に寄る所はなく、夕方には目標地の津和野のまちに入った。津和野のまちは山陰の小京都で、歴史的な建物も多く、文化人のまちとして有名です。
夕方、津和野のまちをひと回りしたあと、まちにある鷲原八幡宮の流鏑馬場(後にそこが流鏑馬場と知りました)にテントを張り、まちの観光は翌日にして、早々に眠った。
翌日、とても静かだったのでよく眠れ、目覚めがよかった。しかし、この日は、津和野のまちと近くの萩のまちを見てまわること決めていたので、かなりハードスケジュールで時間との勝負となった。
起きてパンで朝食をとり、森鴎外の旧宅。郷土館と養老館へ。養老館は、森鴎外や西周が学んだ津和野の藩校だった。学校の形はなかったが、資料館になっていた。そのあと、稲成神社の山に登った。千本鳥居を通り、山の上の神社へ。でも特に、目立って面白いものはなかった。
次にマリア聖堂へ。聖堂は小さく、その周りには像が立っていて、マリア像のほか、キリスト教の弾圧を受け連れてこられた人たちの像があった。最後は、森鴎外の資料館に。ビデオで鴎外の生い立ちを見て、津和野のまちを出た。
県境までの道は、工事中で砂利の山道を450mの高さまで登った。萩までの50kmの道のりは、下りがほとんどだろうと思ったが、これが誤算だった。アップダウンの繰り返しで、かなりしんどかった。でもどうにか耐え、萩までの5qの所から下り道になり、やっと萩のまちに着いた。萩に着いてまず、松陰神社と松下村塾歴史館へ。歴史館の蝋人形の顔があまりにも変なのには驚いた。松下村塾を見た後は、民族資料館に寄ったがあまり面白くなかった。その後、城下町と萩城址に行ってみた。城下町というように町並みはまさに江戸時代を思わせる。
まちを一通りし、まちの風呂屋に行き、風呂に入った。風呂屋のあばちゃんが、いままで雨が降った時などに、私のような旅人を何度も風呂場に泊めたことがあると話していた。ここ数日、日本に近づいていた台風の動きが気になっていたが、風呂屋のテレビで台風が西日本からそれることを知り安心した。この日は、萩の浜辺(菊ヶ浜)でテントを張った。浜は静かで、スパゲティーを茹で、真っ暗な日本海を眺める。
右手には、港の灯り。左手には山が見えていた。
翌朝の目覚めはあまり良くなかったが、早く起き、7時ごろには出発した。最後に城下町を再び通り、まちを後にした。
まちを出た途端、急な登りが待っていた。この日も晴れて気温が早くも上がっていた。ただ、朝早く出発していたので、難所を陽が高くなる前に越えた。どうにか午前のうちに秋吉台に着いた。
秋吉台は、有名なカルスト台地が広がるところで、鍾乳洞も多い。そこで、鍾乳洞に寄ることにした。まずは、大正洞へ。入口でポケットラジオみたいなものを渡され、ここから洞窟の案内が聞こえてきた。人は少なめだったが、洞窟内は涼しく、いろいろな形の鍾乳石を見ることができた。
大正洞を出てからは、秋吉台のでこぼこした風景を見ながら、気持ちよく走った。やや下り気味の道で、信号も交差点もない、道が続いたこともあり、なんとこの時、61.5q/hという最高速度を出した。秋吉台の最後には秋芳洞に寄った。入場料が1240円(当時)とやや高かったが、寄った価値はあった。自然の力のすごさには驚いた。鍾乳石は何千、何万年もの時間をかけ作られた。自然は時間をかけ作られるもの。その自然を一度壊してしまったら、多くの時間をかけなければ、再び作られない。そう、自然は大切にしなければいけないと思う。
秋吉台を出てから山道が続いたが、下関に着いてからやっと山道から別れた。下関から、ついに九州に行くため、国道から関門トンネルに入ろうとしたが、トンネルは自動車専用で、自転車は通れなかった。自転車は、人として扱われ、別の歩行者専用の関門トンネルを通らなければいけなかった。国道から山を一つ越え、もう一つのトンネルに着いた。通行料20円を払い、エレベーターでトンネルのある地下へ。トンネルの長さは、200〜300mぐらいで、思ったより短い。トンネルを抜け、門司のまちに着いた。
門司を過ぎ、今日は北九州の小倉に泊まることにした。しかし、小倉は大きな街で、泊まれそうな公園がなかなか見つからなかった。仕方なしに、住宅地に囲まれた小さな公園でテントを張ろうとした。テントを張る前にお風呂に入ろうと公園にいたおじさんに、近くに風呂屋がないかと尋ねたら、「近くに風呂屋はないね。そうだ、うちのシャワーを使ってもいいよ!」と言ってくれた。そうこう話しているうちに、「めしもまだだろ。今日は家で泊まってゆけ!」と結局、このおじさんの家に泊まることになった。本当に助かった。このおじさんの家は、昔風の下宿屋だった。でも、いまは下宿人はいないので、夫婦2人で暮らしているとのことだった。家に着いてからすぐにシャワーを浴び、焼肉をご馳走になった。本当におじさんに感謝したい。
●34日目 8/27(木)、晴れ時々くもり、走行距離168.8km
湖陵(島根県)→浜田(島根県)→益田(島根県)→津和野(島根県)
●35日目 8/28(金)、はれ、走行距離72.5km
津和野(島根県)→萩(山口県)
●36日目 8/29(土)、晴れ、走行距離126.1km
萩(山口県)→秋吉台(山口県)→美弥(山口県)→下関(山口県)→ 北九州(福岡県)
⇒ここまでの走行距離3289.4km
<第15回へつづく・・・>

8/27〜8/29のルート地図(クリックすると拡大された地図が出ます)
稲成神社の千本鳥居<左>と萩の城下町<右>(津和野、萩)
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